堀鐔交通で行く黒ファイ秋の収穫祭2日間 「皆さ〜ん、右手をご覧下さい。ビルの向こうにうっすらと黒いお城がご覧頂けますかー?」 やや間延びした声がマイクを通してバスの中に響く。 促されるままに乗客たちが窓の外を見やると、成程、街の中に城に見えなくもない建物が見てとれる。 「あちらが松本城、別名烏城とも言われておりますー」 抜けるような秋空のもと、1台の観光バスが高速道路を走っている。 臙脂色の車体に、羽根と×印を3つ重ねたロゴマークは『堀鐔交通』のシンボルだ。 同じように臙脂色の制服と帽子を身につけて、マイクを片手に笑顔を振り撒いているのはバスガイドのファイである。 ガイドと言えば女性が務めることが殆どだが、ファイは容貌こそ中性的であるものの、れっきとした男性だ。そのうえ金髪に碧眼という日本人にあるまじき姿を見れば、戸惑う乗客も少なくはない。 しかし一旦マイクを持ち、開口一番「オレこんな見た目ですけど、英語まったく話せませんからー」などとユーモア交じりに言えば、知らずと乗客からも安堵と親しみの笑顔が漏れる。 そうしてひとたび心を掴むと、豊富な知識と巧みな話術、行き届いた気配りにとびきりの笑顔で、知らず知らずのうちに皆を虜にしてゆくのだ。 そんなファイと乗客のやりとりを聴くともなしに聴きながら、運転席でハンドルを捌いているのはドライバーの黒鋼だ。短い黒髪に深紅の瞳、愛想は無いが精悍な風貌の持ち主である。 堀鐔交通の規定では妻帯者のみとされるドライバーであるが、黒鋼は確かな運転技術と一本気な気性を社長に気に入られ、独身者でありながら特別に採用された。 若い女性のバスガイドとは基本的にペアにはならず、必然的に年季の入ったベテランガイドか男性であるファイと組むことになる。 奇しくも同じ年に入社をした特異な2人。容貌も性質も対をなすように真逆の彼らは、実際よく喧嘩をしていた。正確には頭も口も良く回るファイが、冗談を冗談と流せない黒鋼をわざと怒らせて遊んでいるのだ。 そんな2人を周囲の者は、喧嘩するほど仲が良いと微笑ましく見守っていた。 まさか彼らが度重なる諍いの果てに、本当に恋仲になってしまうとは知りもせずに・・・。 今回の仕事は1泊2日の行程で、現在は2日目の朝である。 バスはやがて険しい峠道へと差し掛かり、ツアーで一番の目玉となる観光地まで目と鼻の先というところだ。 標高3千メートルを超す山々に抱かれた山岳リゾート地は、紅葉が見頃を迎えている。緑の中に赤や黄が混じる絶妙なコントラストに、乗客は感嘆の声を漏らした。 添乗員の小狼がファイとマイクを交替して今後の段取りを説明するが、乗客は車窓からの景色に夢中で聴いているのかいないのか判別しかねる。 「まもなく目的地に到着します。皆さんはおれと一緒にバスを降りて散策をはじめます。バスはゴール地点のバスターミナルに回送しますから、忘れ物に気をつけて下さいね」 一級河川に沿って木道が整備されたその場所では数時間の滞在が確保された。 清冽な川の流れと、紅葉に彩られた山々の端正な姿を楽しみながら木道を歩き、至る所に設置されたベンチで弁当を食べるのだ。 ただし乗客に同行するのは添乗員の小狼の役目。ファイと黒鋼はバスでゴール地点に先回りをし、出発時間までそこで待機となる。 「じゃあ小狼君、気をつけてねー。またあとで」 「はい、行ってきます」 真っ先にバスを降りた小狼に続いて乗客もそれに倣う。そこそこ年季の入った女性客のひとりがファイの顔をちらりと見て頬を染めた。昨今の韓流ブームといい、女というのは幾つになってもミーハーなものだと、目撃した黒鋼は密かに思う。やがて最後の一人を見送ると、黒鋼とファイだけを乗せたバスは再び動き出した。 細い曲がり道を幾つも抜け、やがて開けた大きな駐車場へと辿り着く。まだ時間帯が早いせいか他には1台もバスは停まっていない。乗客の目につきやすい場所を選んでバスを滑り込ませた。 「お疲れさまー、黒たん」 ファイは運転席の黒鋼にふわりと笑いかける。幾度となく止めさせようとした妙な渾名も、最近の黒鋼は敢えて否定しない。もはや開き直りの境地に達しているのだ。 黒鋼は白い手袋を無造作に脱ぐと、視線だけをファイに寄越した。 「だいぶ時間があるな。おまえはどうする」 「そうだねー。せっかく天気もいいし、少し散歩しようかなぁ」 フロンドガラス越しに見える空はどこまでも澄んでいて、散策するのはさぞかし気持ちがいいだろう。 良かったら一緒に、と言いかけてファイは口を噤む。観光シーズン中は殆ど休みなく働いている状況で、乗客の命を預かるドライバーの負担は心身ともに大きい。まとまった時間があれば休養を取ることも必要なのだ。 「黒様は仮眠するよね。お昼までには戻ってくるから、ゆっくりしてて」 「いや、昨日は宿入りが早かったからな。俺も付き合う」 黒鋼の思い掛けない言葉にファイの頬が紅潮する。恋仲になって日が浅いうえ、こう忙しくてはプライベートを満喫する間もない。まともにデートも出来なかっただけに、一緒に過ごせることが何より嬉しいのだ。 「じゃあ、じゃあさ、散歩の前にケーキ食べようよー。ほら、橋のたもとのホテルの」 「朝っぱらからそんなモン食えるか!」 「でも黒様、あそこの珈琲は嫌いじゃないでしょう?混まないうちに行こうよー」 黒鋼は一瞬眉間の皺を深くして言葉を詰まらせたが、やがて「仕方ねぇな」と呟いた。 確かに件のホテルの珈琲は水質の良さも相俟って絶品だ。何より、目の前の恋人が子供のようにはしゃぐ姿が、寂しさの裏返しであることを黒鋼は見抜いていたのだ。 バスを降りれば柔らかい日差しが降り注ぐ。清涼な空気が肌に心地良い。まだ誰もいない駐車場の中を、2人は連れ添って歩き出した。 「ケーキ、美味しかったー!」 吊り橋のたもとに佇むホテルのケーキセットは女性客に抜群の人気を誇る。殊にブルーベリーソースを添えたレアチーズケーキはファイのお気に入りだった。 「てめぇ・・・人の口に無理やりつっこみやがって」 「そんなに怒らないでよーぅ!オレ1人で食べきれなかったんだってばー」 「嘘つけこの野郎!なんだその愉しそうな笑いは!!」 甘い物と乳製品を苦手とする黒鋼には厭がらせ以外の何物でもない。 文句を言いながらも会計を済ませた黒鋼が、先にホテルを出たファイの後を追った。 この一帯のシンボルとも言える大きな木の吊り橋の足もとを、清らかな瀬音を立てて川が流れている。その周囲を紅く色付いた雄大な山々が連なるさまは、まるで絵画の世界のようだ。 常ならば観光客がひしめいて風情が損なわれてしまうのだが、幸い今はひっそりと静まり返っている。 「いつ来ても綺麗だけど、紅葉するとまた格別だよねー」 吊り橋の中ほど、欄干に両手をついて絶景を見渡しながら、うっとりとファイが呟く。 「今が一番いい時期だろう。あとひと月もすりゃ雪に閉ざされる」 ファイと並んで景色を眺めていた黒鋼は、ふと隣に視線を移す。バス車内を別にして、これほど間近にファイの顔を眺めるのは久しぶりだった。 見慣れているはずの柔らかな金髪も、宝石のような蒼い瞳も、光の射す角度で目まぐるしく彩を変える。彼の纏う色はこの幽邃鏡にたやすく溶け込んで、あまりに現実感の無い美しさに黒鋼は静かに息を呑んだ。 「どうしたの、黒りん」 ファイが突然振り返るので、はっきりと視線が交わる。見蕩れていたことを悟られたく無くて、黒鋼は咄嗟に視線を逸らした。 「じっとしてたら冷えるだろう。少し歩くか」 「うん、そうだねー」 黒鋼が大股で橋のたもとへ引き返すと、ファイは小走り気味にそのあとに続いた。 小狼と乗客たちが歩いている散策路は王道コースで観光客の数も多い。だが、吊り橋から更に奥に進んだ探勝路は比較的人の行き来は少ない。まだ早い時間帯であるため尚更だ。 林の中を進むにつれ、いよいよ静謐な空気は増した。聞こえてくるのは心地よいせせらぎと小鳥のさえずり、木の葉が風に揺れる音。 ハードな日々が続いていた2人にとっては、久々に心安らぐ時間だった。 「木陰に入ると、だいぶ涼しいねぇ」 上着を羽織らずに来たファイは、両手で自分の体を抱きしめるようにして微かに震えた。 「つい最近まであんなに暑かったのにねー」 ほんのひと月前に来た時は汗ばむくらいだった。その意識があったため、つい何も考えずに薄着で来てしまったのだ。お客様にはあれほど上着のご案内をしたのにな、などと思っていると、肩に重みがかかった。 黒鋼の上着がファイに被せられていた。 「黒様」 「着てろ」 何をやらせても人並み以上にこなせてしまうファイであるが、どういう訳か自分のことには無頓着で、食事を抜いたり睡眠をとらなかったり何かと身体を大事にしない。 黒鋼をからかう時はふてぶてしささえ感じるのに、ふとした時に見え隠れするアンバランスさがひどく危なっかしい。 どうにも放っておけなくて要らぬ世話まで焼いてしまう黒鋼だが、それが自分の役割なのだろうと今は割り切っている。 「まだ連勤は続くんだ。風邪引いたらどうする」 「ありがとう、でも・・・」 「俺はいい」 少なくとも目の前の貧弱な青年よりは寒暖の耐性は持っているつもりだ。伊達に日頃から鍛えている訳ではない。 ファイは黒鋼の上着を肩から被せた状態で、あわせ目をギュッと握りしめた。 「黒様は優しいねぇ。・・・オレとけちゃいそう」 「気色悪いこと言うな」 黒鋼は心底嫌そうに顔を背ける。優しいなどとは言われ慣れない。今更になって己のした事が気恥ずかしく思えた。 と、唐突にファイの歩みが止まる。 「・・・どうした?」 「黒たん」 「何だよ」 やや俯き加減のファイの顔に前髪の陰が差している。それでも隠し切れないほど、その頬は朱に染まっていた。 黒鋼は心根の優しい男であるが、それは露骨には向けられず、あくまでさり気無いものだ。恋仲にあるファイに対しても例外ではない。それだけに不意打ちの優しさは覿面で、口では上手のファイをも簡単に籠絡してしまう。 顔が熱い。動悸がやまない。息苦しくて、助けを求めるように、ファイは向かい合う男に腕を伸ばした。 「大好き」 両頬に手を添え、そっと口唇を重ねる。肩から黒鋼の上着が滑り落ち、足元の落ち葉を鳴らした。 勤務中という意識はある。公私も弁えているつもりだ。それでも黒鋼は目の前の痩身を撥ねつけることができず、細い肩を抱き寄せた。 やがて互いの口唇が離れると、ファイは黒鋼の胸に顔を埋めた。 「さっきまで肌寒かったのに、何だか熱くなっちゃったー」 きっとまだ茹でダコのような顔をしているのだろう。そう思うと可笑しくて、黒鋼は柔らかい金髪をそっと梳いてやった。 「ねぇ黒様」 「今度は何だ」 「他のガイドの子たちとお話してたらね、色んなことが聞こえてくるんだー」 「何だそりゃ」 「例えば、君のこととか」 もたせかけた頭を黒鋼の胸に擦りつける。少しの隙間も許さぬように。 図抜けた長身に鍛えられた体躯、精悍な容貌。愛想がなく近寄りがたい黒鋼が、その実面倒見がよく優しい人柄を持っていることを、目敏いバスガイド達は気づいている。 堀鐔交通のドライバーでただひとり未婚の男性である黒鋼が、彼女たちの目に憎からず映っていることをファイは嫌と言うほど知っていた。 「こーんな怖い顔なのに黒様もてるんだよー。うちの会社可愛い子いっぱいいるしさー。君がいつかオレに飽きて、他の子を好きになるって考えたら怖くなるんだよぅ」 黒鋼の胸に顔を埋めたままファイはひと息に言った。怖いなどと言う割に奇妙に明るい口調だが、黒鋼にはわかる。これは虚勢だ。 肝心なことほど曖昧に躱そうとするファイの様子は黒鋼を苛立たせた。 「てめぇはまたつまらねぇこと考えやがって」 ファイの両肩を掴み、やや乱暴に引きはがす。そのまま近くの大きな木の幹に痩身を縫いとめた。 「いた・・・っ」 背に感じた痛みに反射的に逃れようとするが、黒鋼が覆い被さるようにして動きを封じる。ファイの赤い顔がみるみる蒼褪めてゆく。 「ちょっと・・・黒りん!?」 「うるせぇ、少し黙ってろ」 尚も身を捩るファイの両手首を片手で戒め、もう片方の手で顎を掬い口づける。 「んぅ・・・っ」 ファイの蒼い瞳が驚愕に見開かれる。瞬く間に口唇を割って黒鋼の舌が侵入する。互いの感触を確かめるように緩やかに、そして深く。脳髄も蕩けるような口付け。ファイの細い体から力が抜けていくまでに、そう時間は掛からなかった。 「っ、はぁ・・・っ」 溶け合う様に交わされた口唇がやがて離れる。つっと細い糸が引き、やがて切れた。 手首の戒めは解けたが、黒鋼が退く気配はない。まだ続きがあるということだ。 「黒たん、これ以上は駄目だよ?人が来たら・・・」 「誰もいねぇよ」 やや掠れた低音がファイの鼓膜を震わせる。情欲の滲んだそれは、背筋から腰へかけて奇妙な感覚を齎す。ファイがこの声に滅法弱いことを当然黒鋼は熟知していた。 「意地悪・・・っ、あ!」 柔らかな金髪を掻き分けてファイの耳朶を食む。その間にもシャツのボタンは器用に外され、白い鎖骨が露わになった。 「ほんとに、駄目だってば・・・!ね、黒様・・・あぁんっ」 ファイの耳を侵していた舌が、ほっそりとした首筋を辿り、鎖骨へと至る。 男の身でありながら、黒鋼に触れられる個所は火照るように熱を持つ。静穏な朝の空気の中、黒鋼が白肌に吸い付く淫らな音だけがいやに大きく響いた。 「やぁ・・・っ、ん、んっ・・・」 ならばせめて、己の艶を含んだ声だけは抑えねばと、震える指先に歯をあてがう。それでも堪え切れずに零れる吐息が、却って黒鋼の欲を煽った。 「抑えるな。声、聞かせろよ」 鎖骨を這う舌が離れ、外されたファイの指先にくっきりついた歯形をなぞる。 「おまえの仕事だろうが」 「黒様の、へんたい・・・っ、あん・・・っ!」 ファイの指先を丹念に愛撫する一方で、黒鋼のもう片方の手がベストを捲くりあげ、シャツ越しにファイの肌をまさぐる。 「ひぁ・・・っ、だ、め・・・それ以上・・・っ」 薄い胸元に微かな尖りを探し当てると、指の腹で執拗に責め立てる。直接触れられないもどかしさが却ってファイを刺激した。 「駄目じゃねぇだろう。感じてるくせに」 「あぁ・・・っ!」 ひと際高くあがる嬌声。甘い艶を含んだそれに、自分自身が戸惑うほど。 ファイの指を解放した黒鋼が、胸の突起をシャツ越しに舐めあげたのだ。舌の先端で転がすように愛撫したかと思うと、口に含んで吸い上げる。追い打ちをかけるように、もう片方の飾りも悪戯な指が弄んだ。 「あん、あっ・・・やだ、もう、変になるよぅ・・・っ」 唾液を含んだシャツからは、薄桃の胸の飾りがうっすらと透けて見える。黒鋼に刺激されて硬く張りつめたそれは、なおも物欲しげにひくひくと震えている。与えられた熱はやがて身体の中心へと集約され、激しい疼きがファイを支配した。 「黒たん、オレ、もう、我慢できな・・・っ」 「俺が欲しいか」 「欲しい・・・っ」 「欲しかったらくれてやる。だから」紅い双眸がすっと細められる。 「もう余計なことは考えるな」 ファイの制服は、ただひとり男性のガイドである彼のために特別に誂えられたものだ。長い脚を強調する細身のズボンは、いまや彼自身の昂りによってひどく窮屈そうだ。 黒鋼の指がその部分を辿ると、哀れなほど過剰な反応を示す。 「はぁんっ、あ、黒りん、だめ・・・っ」 無意識に腰を揺らし始めるファイを、もう少し責め立ててやりたい衝動に駆られたが、そろそろ観光客の姿が見えてもおかしくない時間帯だ。黒鋼はファイのズボンと下着を手早く除ける。 「良い眺めだな」 薄暗い中を、僅かに届く木漏れ日がファイの媚態を照らす。 潤んだ蒼い瞳に艶やかな半開きの口許、陶器のように白い柔肌。未だ湿ったままのシャツの胸元には熱の冷めやらぬ尖り。ほっそりした腰の線を辿った先には、淡い金色の茂みを掻き分けて薄桃の性器が晒されている。 「そんなに、見ないで・・・!恥ずかしい・・・っ」 視線で犯されるような羞恥に耐え切れず、ファイは顔を背ける。 「そうか?余計感じてるんじゃねぇか」 「ちが・・・っ」 「違わねぇな」 すでに勃ちあがったそれを黒鋼の手がやんわりと包み、緩く扱き始める。 「あっ・・・あん・・・、はぁ・・・っ」 甘やかな吐息が漏れ、呼吸が次第に忙しないものへと変わる。性器の先端から透明な液が溢れ出し、黒鋼の手を伝って落ちた。 常ならばこのまま絶頂へと導いてやるのだが、今はあまり時間がない。 すでに四肢から力の抜けたファイのズボンを片側だけ脱がせ、脚を大きく広げさせる。無理な体勢ではあったが、互いに繋がりたいという欲求の前には些事に過ぎない。 濡れそぼった性器から蜜を掬うと、後孔を潤すように擦りつけた。 「あぁ・・・っ」 狭い孔を割りさいて慎重に指を挿し入れると、ファイの身体が弓のように撓る。身体を交わすのは初めてではないが、そう回数を重ねた訳でもない。異物を受け入れる抵抗感は尚も強かった。それでも硬い蕾を解すように辛抱強く押し広げ、徐々に指の数を増やしてゆく。 「ふっ、あ・・・あぁ・・・っ!」 やがて内部のある部分を掠めると、細い身体ががくがくと戦慄いた。既に3本の指を呑み込んだそこを、淫らな水音を響かせながら執拗に責め続けると、蒼い瞳が恨めしげに黒鋼を見遣った。 「くろさま、も、いいから・・・っ」 ずるりと指を引き抜くと、粘り気のある液が絡みつく。ファイの中は咥えこんだものが突然失われたことに戸惑うように、ひくひくと蠢いている。 黒鋼自身、このようなファイの痴態を見せられてはたまらない。性急な手つきで己の前を寛げると、既に猛り切ったものをファイの後孔にあてがった。 常人よりも長く太く、大きいそれに息を呑んだファイだが、すぐにそんな余裕は霧散した。 「挿れるぞ」 「ん・・・、あ、ああっ!!」 小さな孔を太い肉棒が侵していく。けして乱暴ではない、慣らすような慎重な動きだが、圧倒的な質量がファイの正気を奪う。全て収まりきる頃には互いにじっとりと汗ばんでいた。ファイの呼吸が整うのを確認すると、黒鋼はゆっくりと律動を開始した。 「あん、あっ・・・は、はぁ・・・っ」 圧迫される息苦しさの傍ら、自分の中に黒鋼を感じるこの行為はファイに至福を齎す。同性愛者でもない2人がごく自然に惹かれ合い、愛し合い、こうして繋がっている。黒鋼に抱かれている時だけが、不安も焦燥も忘れていられるのだ。 内部で徐々に質量を増す黒鋼のものがある部分に到達すると、はっきりと歓喜の滲んだ声が漏れた。 「んぁ、あぁっ・・・そこ、だめ、あぁ・・・ぅ」 「ここか?」 わざとその部分を執拗に擦りつけてやれば、白い脚が妖しく黒鋼に絡みつく。 「あんっ・・・!あっ、あ、やぁ・・・っ」 声を抑えることも忘れ、与えられる快楽に身を委ねる。黒鋼の先走りも手伝って、ファイの中は抜き差しの度にぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てている。川のせせらぎも鳥のさえずりも、もはや2人に聞こえはしない。 「はぁ、あぁん、くろさま、あんっ、気持ちいい・・っ」 悦楽に潤んだ瞳はどこか虚ろで、何を口走っているかもわかっていないだろう。ただその声はどこまでも甘く、黒鋼の理性を絡め取る。 ファイが黒鋼の声を好きであるように、黒鋼もまたファイの声が好きだった。男性にしてはやや高めの柔らかい声。ハンドルを預かる時、常にそばで心地良く響くそれは、時によって七色に変化を遂げる。口先ひとつで車内を笑いに満たすこともできれば、黙祷を捧げるような厳粛な空気に一変させることもできる。そして、同じ性を持つ相手をこうまで翻弄し、欲情させることも。 さながら魔術師のようだが、己もまた、魔法に掛けられてしまった一人なのだ。 「声が小せぇよ・・・客から苦情来るぞ」 「ふぁ・・・あぁぁっ!!」 律動はいよいよ激しくなり、黒鋼の怒張がファイの最奥を容赦なく穿つ。揺さ振られる度にファイの背は木の幹に打ち付けられたが、身体の一点から全身に寄せ返す波濤に意識はただ押し流される。やがて呑まれて、溺れて、そして・・・。 「・・・っ、出すぞ」 「んぁっ、オレも、もう・・・はぁっ、あ、ああぁ・・・っ!!」 ファイの身体がびくびくと痙攣し、勃ちあがった性器から白濁した液が勢いよく弾ける。その反動で強く締め付けられた黒鋼もまた、ファイの中で果てた。 互いの荒い呼吸さえ貪るように口づけを交わし、愛しい相手の存在を確かめ合う。 黒鋼は汗で貼りついたファイの金髪を優しい手つきを梳いてやる。 けして己は器用ではない。上手く紡げない言葉は彼の不安を取り除くことさえ出来ない。けれど、こうして触れてやることで、少しでも伝われば良いと思う。 「おまえとだけだ、こんなことするのは」 「・・・ん」 「わかったら妙な心配するんじゃねぇぞ」 ファイは黒鋼の胸に額を擦りつけるような仕草をした。 「ごめんなさい・・・」 暫くファイの頭を撫でてやってから、ふと腕時計の時間を目線で追う。ずいぶん時間が経ってしまったようだ。ファイの身を起してやると、情事の痕跡を清め始めた。 「誰も来なくて良かったね、黒たん」 「そもそも最初に誘ったのはてめぇだろうが」 「まさか仕事中に最後までするなんて思わなかったしー・・・」 秋の澄んだ空気は、幸いにも情事後の濃密な気配をうまく掻き消してくれた。2人が再び歩き始めてから暫くすると、観光客の姿もちらほら見え始めた。 その時、静謐な自然の中に似つかわしくない機械音が鳴り響いた。 「俺の携帯だ」 黒鋼は上着のポケットから携帯電話を取り出すと、着信中の相手を確認して顔を顰める。そのまま実に嫌そうな顔で電話の相手と会話をすると、最後に怒鳴りつける勢いで何事か叫んで電話を切った。 「もしかして、社長?」 疑問というよりは確認の色を込めてファイが尋ねる。 「ったく・・・なんで勤務変更の連絡なんざ社長みずから寄越すんだ」 「明日の仕事、変わったの?」 黒鋼は苦々しい顔で携帯電話を閉じると、盛大に溜息を零した。 「急遽ツアーがキャンセルになったんだと。俺もおまえも、明日は休みだそうだ」 「ほんとー!?」 ファイの顔がぱぁっと輝く。 「じゃあ、久しぶりにゆっくりできるねぇ。オレ黒様の好きなもの何か作るよー」 2人は社員寮の隣人同士でもある。何にしようかなぁ、などと献立を練り始めるファイを余所に、黒鋼は先ほどの電話の内容を思い出して再び溜息をついた。 『お勤めご苦労様、黒鋼。そっちのお天気はどう?』 「ああ、悪くねぇ。それより何の用だ」 『つれないわねぇ、久しぶりに電話してあげたのに。それより、明日ファイと日帰りの仕事が入ってたでしょう?あれキャンセルになったわよ』 「用件はそれだけか?運行管理の奴に電話させりゃいいじゃねぇか」 『たまには社員の声を聞きたいじゃな〜い。とにかく、明日はお休みだから。2人でゆっくり過ごしなさい』 「・・・ちょっと待て」 『ああそれと・・・。いくらファイが可愛いからって、勤務中に変なことしちゃダメよ。近頃世間様の目は厳しいから、いくら私でもフォローできないかも知れないわよ〜』 「誰がするか!そんな戯言のために電話かけてきやがったのかてめぇは!!」 『まぁバレなければ多少のことは大目に見てあげる。面白ければ何でもアリよ。じゃあ、ファイにもよろしくね』 「ふざけんな、おい!!」 一方的に電話を切った相手。株式会社堀鐔交通の代表取締役社長・壱原侑子は、その表向きの肩書以外にも何かと謎を抱えている。 周囲には伏せているファイとの関係に何故か気付いている節があるし、急にキャンセルになった仕事にしても何となく作為的なものを感じざるを得ない。 そもそもまるでこちらの今の状況を把握しているかのような口振りは・・・。 魔女の異名を持つ妖艶な上司の姿を思い出して舌打ちをする。どうにも彼女とは反りが合わない。一介の運転士の理解の範疇を超えている。 いらいらと散策路を歩く隣には、綻ぶようなファイの笑顔。 「ねぇねぇ、黒たん何か食べたいものあるー?」 「おまえの作りやすいのでいい」 「和食って言わないの?珍しいねぇ」 「旅館のメシが続いたから飽きた」 「じゃあ久しぶりにイタリアンにしようかなー」 隣を歩く恋人の心から嬉しそうな様子を目にすると、得体の知れない社長の計らいにも感謝すべきかも知れないと思い直す黒鋼だった。 End 長いわりに内容が無くてすいません!爽やかな旅情と初々しい黒ファイを書くつもりが、方向性を見失いました!観光地は上○地がモデルです。初小説がEROという無謀をかましましたが、最後まで書ききれて良かったです!! 最後に、バス業界関係者の方々に心よりお詫び申し上げます・・・!!(切実) Thank you for 【旅亭ねま屋】 ねま様 |