独特の浮遊感。耳に入るのはくぐもった機械音。 ほぅ、と息を吐いただけで体は僅かに浮き沈みし、ぽちゃんっと独特の音を立てる。 全国的に見ても高水準の設備を持つ堀鐔学園。例外なくプールも飛び込み台や水深2メートルを超す競技用のプールまで所有している。高校ともなれば授業で水泳を取り入れなくなる学校も出てくる。だが、ここはあの理事長が纏める学園だ。 『夏の暑い時期にグランドや熱の籠もった体育館で授業をして倒れたらどうするの?』 と、もっともらしい台詞を言っておいて、実際はその理事長もプールサイドで涼を取っている。つまりそういう事なのだ。 明日から生徒への開放が始まる。 一歩間違えば生徒の生死にも関わる事。業者を交えた整備点検は日が落ちるまで続いた。 「服を着て泳ぐ趣味があったとは知らなかったぞ」 水のぶつかる音と、機械音以外の声がドーム内に響く。天気の良い日は天井を開くことが出来るという学校の一設備としては勿体ないそれは、今は閉じられ音をよく反響させた。 視線を音の元へと向ければ体育教師が腕を組んでプールサイドに立っていた。眉間の皺の量はここからは見えないが、あまり良いとは思えない。 「だって水着持ってきてないもん」 「だからってそのまま入るやつが居るか」 「えー、黒様先生の前に居るでしょう」 泳ぐのは人並み程度。それよりもただ浮いているだけが好きだった。 独特の浮遊感と、耳を擽る水音。何よりも好きなのが水の中で見る光だった。私的に使っているのだからと、悪戯心と良心の間に揺れ動き、電気は付けてはいない。 日が暮れるのが遅くなったと言っても即空には月が浮かんでいる。その光が窓から入りこむ。光が水に入ると屈折して…など知識とし十分分かるのだかどうでもいい事だ。 くだらない事を言っていないで上がって来いと言う黒鋼に、ファイは仕方ないと水を掻き分けるようにプールサイドまで泳ぎ、右手を差し出す。 「ちょっと手伝って」 「ったく…」 差し出された右手を掴み、力を加える前にファイが黒鋼の腕を引く。 全く予想してなかったのだろう。黒鋼の体は簡単に水中へと吸い込まれた。盛大に上がる水飛沫と音に、痛みは無かったかと心配になる程だ。それでも流石体育教師と言うべきか、水飛沫と音の余韻が消える前にその姿は水面にあった。 「ってめー何しやがる!?」 「だって黒様今日一日汗掻きっ放しだったでしょ?気持ち良くない?」 通常の授業に部活動。それに付け加えて整備点検にクーラーの殆ど聞いていない機械室までの付添い。ファイが言うとおりいつもより汗を掻いてはいたがこれは理由にはならない。 ジャージの上は脱いでいたものの、Tシャツとズボン、下着に至るまでずぶ濡れだ。黒鋼の前にもシャツとスラックスを濡らしているファイが居る。 こんな遊びに付き合ってられるかと早々に縁に手を掛けるものの、右手は未だファイと繋がったまま。眉間に皺を寄せ、凶悪犯と勘違いされるほど鋭い目を向けられてもファイは動じなかった。黒鋼が本気で怒っている時は手など無理矢理離すし、ファイに上がる様に催促する事もない。 もう少しだけ、と右手を引っ張れば、黒鋼はジーっとファイを見つめ、そして盛大に溜息を吐いた。 その黒鋼の反応を是と取ったのか、握っていた手から腕へと場所を変え、黒鋼を奥へと誘う。 中ほどまで来たとき、じゃれつきの延長戦のように黒鋼の首に腕を回し後ろへと体重を掛ける。水中と言う事もあるのか、普段ならファイ一人ぐらい簡単に支える黒鋼も、引き摺られるように水中へと飲み込まれる。一番深いところでも背の高い二人の胸の辺りまでしかない水深だ、余程の事が無い限り溺れるという事は無い。例え溺れたとしても片方が無事なら助かる。 吐いた息で出来る気泡の向こうに驚いたような黒鋼の姿。ファイは微笑み、更に腕を強く引き寄せる。二人の距離は限りなくゼロに近くなった。 残り少ない空気を与える様に唇を合わせれば腰と背中に腕が巻きつき、一気に浮上させられる。 「もぉ、黒たん耳に水が入っちゃったじゃん」 「アホかてめぇ!!行き成り何やってるんだ、死にてぇのか!!」 「えー、それはヤダなぁ」 それではこの間の映画と同じ結末だ。 役者の名前も知らない、途中からだったからストーリーもよく分からない。ただ、口付を交わしながら水底に沈んでいく恋人達のシーンが印象的だった映画。何というタイトルだったのだろうか、気付いた時には芸能人が笑っている番組へと変わっていた。 最期まで共にあろうとした恋人達が……少しだけ羨ましかった。 「黒様……」 「…んだよ、もう付き合わねぇぞ」 「寒い…」 「っ!?」 触れた箇所にから伝わる体温は冷え切っていた。服を着ていたとしても、長時間水の中に浸かっていれば体温も下がる。 ちっ、と舌打ちを打つと黒鋼は底を蹴る様に歩き、今度こそファイを水面から引き揚げた。 備え付けのシャワー室に連れ込もうとするが、ファイの足は全く動かず、全身を黒鋼に預ける形で寄りかかってくる。 シャツの隙間から見える肌は白を通り越して青白い。 「黒たん…遊ぼう?」 「いい加減にしろ!!さっさと行くぞ」 いっそ抱えてしまおうかとファイと向き合えば猫が擦り寄りようにファイの腕は黒鋼の腕に絡む。 濡れた服はほっそりとしたファイの体を惜しげもなく浮かび上がらせ、下がった体温をさらに下げようとする。水中は意外に温かいが、出てしまえば一気に体温が奪われる。分かっていても身動きが出来なくなる。 「黒様…」 耳元で吐息と笑い交じり声は脳に直接響くようで現実味が失われる。 水気を含んだ服は想像以上に重い。 ベシャッと不思議な音を立てて投げ捨てられるシャツを視線で追いながら、今更ながら震えている体を黒鋼に摺り寄せる。 それに気付いたのだろう、黒鋼も急いでシャツを脱ぎ捨てるとファイを強く抱きしめた。 何の隔たりも無く、互いの熱と鼓動を感じれば、寒さとは別に体が震える。 あぁ、自分が誘ったのだ。この熱を欲して。 窓から辛うじて入ってくる光に浮かび上がるファイの白い裸体に、黒鋼の喉がゴクリと動くのが分かった。ファイの裸など見慣れている筈なのに、場所のせいか、光のせいか、濡れているせいか…知らない何かに見えた。 ファイが視線で口付を乞えば、焦らす事なく唇が降りてくる。触れ合うだけのそれが、熱を分け与える様な深いモノに代わるのに時間は掛からなかった。 「……ふっ…、ん…」 上顎を舐められたと思えば舌を絡められ、負けじと舌を絡める。最後に唇は食まれ、離れていく唇をぼんやりと追えば、透明な糸が切れる瞬間を見た。 唇や舌への刺激が直接下肢へと伝わると身をもって体験する羽目になったのは、黒鋼と付き合ってからだ。それまでこういった行為に対して淡白だった自分はどこへ行ったのか、自ら誘う事すら覚えた。 僅かに濡れた床に金糸を散らし、赤みを増したファイの体を黒鋼の大きな掌がまさぐっていく。触れられた箇所から、血が沸騰したように熱を帯びていく。 薄い胸の項は触られる前から僅かに硬くなり、その事実に頬がカッと赤くなるのが自分でも分かった。掠めるように尖りに触れられ、あっと高い悲鳴の様な声が上がる。 その声が思いのほか響き、ファイは咄嗟に口元を手で覆う。それが気に入らないのか、黒鋼は眉間に皺を寄せたが無理に手を外そうとはせず、代わりに手で弄り続けていた尖りに唇を寄せた。 口に含まれ、舌で舐められ、時折強く噛まれる。反対側も指で弄られ続けている。 体は過ぎた快感から逃げようとするが、黒鋼に抱きこまれ身動きすら上手く出来ない 「ん…ぁ、…やぁ…だめ…」 「駄目じゃねぇだろ?ここすごい事になってるぞ」 濡れて肌に張り付くスラックスは細身の物で、ファイの反応を如実に表す。直接触られていないというのに反応しきったそこは窮屈で仕方なかった。 「どうしてほしい?」 「…くろ…さま…?」 「言えよ。どうしてほしいか。言わねぇならずっとこのままだぞ」 そう言いながらピンと胸の尖りを弾かれる。赤く熟れきったそこは、その刺激を快楽として受け取った。俺は別にそれでも構わねぇが、と情事の時特有の意地の悪い笑みを浮かべる黒鋼は、ファイが言わなければそれを実行するだろう。同じ男なのだ、ファイがどれだけ切羽詰っているか分かるだろうに、それでもファイに言わせるのだ。意地が悪い。無理矢理プールに落とした腹いせも含まれているのだろう。 羞恥と快楽に唇を震わせるファイは、ギュッと目を瞑りゆっくりと唇を動かした。 「脱が…せて。オレの、…触って…」 「触るだけでいいのか?」 「ッ……舐めて…イかせて…!」 これ以上ない位羞恥で赤くなるファイに、よく出来ましたと言わんばかり優しい口付が顔中に降ってくる。目尻に浮かんでいた涙を吸われ、ゆっくりと目を開けば普段より深みを増した紅と目があった。 「…んっ…やっ…そこ、だめ……んあっ!」 先端を口に銜え込まれ、その下の膨らみを指で刺激されれば射精する事しか頭に浮かばなくなる。それでも黒鋼の口の中で出す事はしたくないと何度か頭を引き剥がそうとするが、その度に敏感な裏筋やくぼみを舌で刺激され力が抜ける。 強すぎる快感に頭を振って身悶え、喘ぎ声を上げるファイに、黒鋼の限界も近づいていた。 じゅっ、と強く吸われファイは目を見開き、閉じる事を忘れた唇の端から一筋唾液が零れる。腿は細かく痙攣し止まらない。 「あっ…、だめ、出ちゃ…出ちゃうから…っ!」 「いいから…イけ」 「ぃやだぁ…はな、して……くろさまっ、ねが…いっ」 口を離してと訴えるファイを無視して、くぼみに舌を差し込み強く吸えば悲鳴を上げファイが達した。 弛緩しきった脚を高く掲げ、屹立の更に奥…双丘に隠れた後孔に舌を這わせたとき、意識を飛ばしていたのではないかと思うほど虚ろだったファイの瞳に光が戻った。 嫌だ、止めてと力の入らない体を捻る様に動かしても、黒鋼の動きは止まらず、舌を差し込まれたときファイは声にならない悲鳴を上げた。 先ほど黒鋼の口内で吐き出されたファイの欲を流し込むように舌を動かされる。体内を舐められるという感覚に頂点まで痺れが走った。その感覚が不快だけではない事は再び反応を始めたファイの屹立が証拠だった。 「んっ……」 「痛ぇか?」 「へい…き」 緩み始めた後孔に指を一本挿入され、内壁に塗り込むように動かすとすぐ抜けていく。次に戻ってくるときはもう一本増えていた。入ってくるときはファイの感じる部分を探る様に、抜けていくとは狭いそこを広げるように動かされる。あっ、あっと、切れ切れの喘ぎを上げるファイの口から見える赤い舌に誘われ唇を合わせれば下とは別の水音が生まれる。 感じる部分を刺激されれば白い腹に白濁交じりの液が小さい水溜りを作り、指が三本スムーズに動く頃には息も絶え絶えのファイがいた。 薬品の混じる水の匂い。金糸の散らばる床は転倒防止に細かく溝の彫り込まれた物。荒い息遣いに混じる確かな機械音。 此処がどこなのか、はっきりと覚えている。こういった行為を行うような場所ではないという事も理解している。 それでも……。 「んぁっ……」 後孔に埋められていた指を一気に抜かれ、ファイの口から甘い声が上がる。 銜え込んでいた物を無くしたそこは、物足りないように収縮を繰り返した。疼きにも似た熱は自分でどうにか出来るレベルを上回っていた。 水や汗で濡れた脚を抱え直され、後孔に指とは違う物をあてがわれた時、ファイの体が一瞬で強張った。 何度抱かれたって、体を開かれる恐怖と羞恥は消えない。 「挿れるぞ…」 「あっ……」 先端をねじ込まれた時、ファイの手は床を引っ掻いた。どんなに慣らされても本来は受け入れる器官ではない。圧迫感も痛みもある。それを差し引いても心と体は満たされる。 床に縋るファイに、黒鋼は腕を伸ばし抱き上げた。 「ひっ…っ、ぁあ…!」 「ッ…!!」 抱き上げられ、床に座る黒鋼の上へと座らされる。中途半端に挿入されていた怒張は一気にファイの奥へと入り込む。行き成りの事で力も抜けなかったのだろう、強い締め付けに黒鋼は奥歯を噛みしめ耐える。 熱を持つ荒い呼吸を繰り返すファイの腕を自分の首へと回させ、僅かに震えている背中を撫でる。 あの体勢のまま事を進めればファイの背中は擦れて傷だらけになっていたかもしれない。何より縋るのは自分であってほしかった。 呼吸が落ち着き始めたのを見計らい、腰を掴み僅かに揺すれば首に回されたファイの腕に力が入る。 「やぁ…だめ…まっ…」 「お前はそれしか言わねぇな」 「だっ、て……!」 「……とりあえずお前は良い声で啼いてろ」 グッと抉る様に腰を動かされファイの体は逃げをうつ。それでも力の抜けきった脚は役にも立たず、ただ黒鋼の動きに身を任せるしかなかった。 最初の抉る様な動きから突き上げるような動きへ。抜けきるギリギリまで引き抜き、一気に最奥まで穿つ。対面座位と呼ばれる体位はファイ自身の体重も加わり普段よりも奥へと黒鋼を迎える結果となる。 「あっ、ぁ…ん、も…黒様っ」 「もっと啼けよ、ほら」 「ひぁ!…く……ぁんっ」 前立腺を掠めるようにすれば腹に挟まれたファイ自身から雫が零れ落ちる。そこに手を伸ばせばファイは背を逸らせ、いやいやと頭を振る。湿り気を帯びた髪からは水滴が飛び散った。繋がった部分は黒鋼の先走りや潤滑剤代わりに使われたファイの物でしきりに水音をたて、まるで聴覚からも犯されているようだ。 「あ……あぁっ、ん…」 「…イイのか?」 「んっ…きもちぃよぉ……あっ、やっ…だめっ!」 屹立を握る手を上下に動かし、反対の手は胸の尖りに触れる。後孔に黒鋼を受け入れている状態で感じる場所を同時に攻めたてられればファイの残った理性は焼き切れそうになる。 過ぎた快楽は毒だ。もう二度と戻れなくなるほど落ちてしまう。 「…ぁっ…くろさまぁ…くろ、さまぁ…んっ」 体中が細かく痙攣し、内壁は黒鋼をさらに奥へ導くように蠢く。幼子のように黒鋼の名を繰り返し呼ぶのはイク寸前のファイの癖だ。 その声に答えるように突き上げる間隔は短くなり、途切れ途切れの嬌声を上げるファイの唇すら奪う。 「ひっ……あぁっ!」 「っ…!」 奥を穿った瞬間、ファイ甲高い声を上げて達した。 急激な収縮に耐えられず黒鋼もまたファイの中で精を放つ。小刻みに腰を揺らし、残滓まで注ぎこんだ後、グッとファイの腰を持ち上げる。抜かれる感覚に感じたのか、余韻の為か、艶めいた声を漏らすファイの内腿に白濁が幾筋も流れていった。 「くろ…さま…」 「平気か?」 「ん…もうちょっと…」 このままでいさせて。 心地良い疲労感は睡魔を呼び寄せようとするが、流石にそれはお引き取り願いたい。 「明日からプール開きなのに、オレ達が先に使っちゃったね」 「オレ達、じゃなくてお前が、だ」 「ここまで来たら黒様も共犯だよ」 黒鋼の肩越しに見えるプールの水面は半分闇に呑まれていた。 あの映画の恋人達は冷たくなっていく相手の体を抱いて何を思っただろうか。 作り物の世界の、作られた恋人達の気持ちなど考えたとて分かりはしない。 最期まで共に居られた事を羨ましいと思っていたが、相手と温もりを別け合える自分の方がずっと幸せだろう。 恋人の力強い鼓動を聞きながらファイは少しの間目を瞑った。 *お題:プール開き Text by ゆえ |