「見て、お祭りだよー!」

砂漠の国の姫と玖楼国で別れて、とある国での夜。

前方から聞こえてくる祭り囃子。

ほのかな明かりのついた出店。

行き交う人々。

ぱぁと白いモコナが顔を輝かせる。

うずうずしている辺り、今でも走りだして行ってしまいそうだ。

ちらりとファイは出店に視線を向ける。

あてもの、お菓子、特産品、食物。種類も多いようだ。

小狼は、と言えば辺りを見渡し懐かしそうな表情をしていた。

「いっておいで。気になるんでしょ?」

くすりと笑んで、小狼の肩を魔術師がぽんと手をおく。

「いいの?ファイ。黒鋼」

小狼の肩にのったモコナが聞いた。小狼も年長組を見る。

「さっさといってこい。視線が気になるんだよ」

黒鋼が言うと、反論するモコナ。すまない、と謝る小狼。

「迷子にならないよう気をつけてね」

微笑んでファイが笑んで言えば、元気な声が返ってきた。

この国の貨幣が入った小さな財布を小狼にファイが手渡すと。

ぴょん、ぴょんと跳んでいくモコナのあとを小狼が追い掛けた。

「モコナたち、元気だねぇ」

微笑ましく見守る。

「行くぞ」と黒鋼に手をとられた。目を丸くしてファイは黒鋼を見上げる。

ねぇと忍者へと呼びかけた。

「もしかして、黒たんもお祭り楽しみなの?」

くすくす笑って忍者の大きな背中に聞けば、忍者が歩みを止める。

即座に黒鋼に否定された。

「楽しみにしてるのは、てめぇだろうが。」

「え?」

一旦、歩みを止めて黒鋼はファイを見た。

「黒りん?」

ファイが黒鋼を見上げる。ちらちらファイは見ていただけだ。

賑やかな音がするのなら、気になって当然のはず。

頭の上に疑問符を浮かばせたファイに、黒鋼はちらりとみる。

何事もなかったように歩きだした黒鋼の後をファイは追った。











出店の通りを二人で歩く。耳に届く賑やかな音楽。

出店の前方に人だかりができており、そこから聞こえてくるらしい。

行き交う人々は誰もが楽しそうだ。

「黒たん、黒たん」

ファイがとある店で立ち止まり呼べば、黒鋼が足をとめた。

黒鋼が近寄ると、きらきらしたものが目に入る。

更に出店との距離を縮め、覗いてみると装飾品を扱った店だった。

「ちょっと欲しいものがあってー」

どれがいいかな、とあちこち見ているファイ。

ある商品にファイが目をとめる。

いくつかある品物を、何点か絞り、

更に候補を絞ったあと実際に手にとり眺めた。

優しげな表情で、それを見つめる。

そんな魔術師を、黒鋼は黙ってみていた。

「それでいいのか」

黒鋼の確認をとる声に、ファイは黒鋼を仰ぎ見る。

「へ?あ、うん。」

ファイが頷けば、有無を言わせない態度で財布をだし忍者が代金を支払った。

商品を袋にいれ店主が、釣りの代金と共に手渡す。

黒鋼から手渡された袋をファイは見つめた。

「待って」と歩きながらファイは相手を見上げる。

「あの、黒たん。
オレの買い物だし黒たん、お酒とか買いたいものあるんじゃない?」

黒鋼へ不思議そうにファイは尋ねる。

二人とも道端で立ち止まった。

なぜなら、ファイ自身の買い物であって、黒鋼の買い物ではない。

無理矢理つきあわせているなら断ってくれても構わない。

まぁ、デートみたいでちょっぴりドキドキもあったのだけれど。

黒たんだって見て回りたいだろうし、と思ったファイだったが。

「いたいから、いるだけだ」

なんともシンプルな返答がきた。

「そう…なの?」

「おう」

「ふーん…」

目を丸くして黒鋼に聞き返し、ファイは黙り込む。

つまり、返答から要するに。

いや、かなりの都合のいい解釈かもしれないが。

「そうなんだ」とファイが呟き、黒鋼から視線をそらす。

くお礼をいう時を逃してしまった。

ほんのり赤らむ頬。

黒鋼が気づいてなければいいのだけれど。




「で、その色でよかったのか」

黒鋼が聞くと、うんとファイが答える。

ファイが選んだのは燃えるような炎の色をした髪紐だ。

えらんだ時に、優しげな笑みをしていた。

確か、と黒鋼が思い出す。

セレス国から日本国へ移動し滞在していた時は、ファイが髪を結っていた髪紐は赤かった。

目が覚めてから後。

理由を魔術師に問うと暫く間のあったのち、ぼそぼそ言われたが。


するすると結わえている髪紐を、魔術師の白い手が解いていく。

代わりに袋からだした赤い髪紐を結わえていった。

道端に設置された明かりがほのかに灯る。

伸ばしたままの金の髪は、光をうけて淡く煌めいた。

「日本国の時も、同じ色だったな」

「うん。あの時は、無意識に選んでたけど…」

黒鋼は手を伸ばした。

くせのある金の髪を梳くと、くるりと毛先が逃げた。

結え終わり束ねた髪から一房、手にとり黒鋼は顔を近付ける。

「?くろ、た…」

ファイの視線には構わず、口付けた。

ゆっくり顔を離せば、ファイが凝視している。

「…君、オレの髪にキスするの好きだよね」

むっとすこし怒った風に、ファイは黒鋼に言った。

別に髪を触られるのは嫌ではない。

ただ触れ方が問題だった。

大きな忍者の手は、壊れ物をあつかうかのように触れる。

大切にされてる。

全身で好きだと告白されている気になりそうだった。

黒鋼からの表現には、いつもドキドキしっぱなしだ。


「拗ねてんのか」

「!」

黒鋼をファイが睨む。

魔術師の眉は上に上がっているけれど、白い頬はさっきよりも色付いていた。

「そんなわけないでしょー?勘違いしないでくれる?」

憎まれくちを開く。

「反応はおもしれぇがな」

「!そのままお返ししますー」

案の定、魔術師がぷんぷん怒った。

宥めるように黒鋼が近づけば、ぎゅっと魔術師が目を瞑る。

近づいて額に口づけた。

ゆっくりと黒鋼が離れれば相手の目が開き黒鋼を見た。

見上げているのは、吸い込まれそうな蒼い瞳。

「黒様って、意地悪だ」

むすっとして珍しく魔術師が眉間に皺を寄せる。

「どこがだ」

「…オレより、年下のくせに」

黒鋼が尋ねると、じとりと相手は睨みつけた。

「…なんで翻弄させるの…」

魔術師から零れ出たのは、告白の言葉。伏せられる蒼い瞳。

「…オレばっかりでやだ…」

下を向きそうになるファイへ、黒鋼は一言告げた。

「翻弄しているのは、てめぇの方だろ」

「?え?」

二人の視線が絡まる。


くるくると変わる表情を見るのが、嬉しくて。

『黒たん』

『黒様』

渾名で呼ばれるのもただ、一人だけでいい。

そう思うのは…―。

惚れている相手だからこそ。



黒鋼へ止まるかと思えば、相手の視線が他へと移動する。

さて、どうするかと考えていた黒鋼であったが。

「君が」

ふいに黒鋼の耳に届いたのは小さな途切れそうな声。

「…もっと甘やかしてくれたら、考えてもいいよ」

ぼそりと呟かれたのは、精一杯のお願い。

袖をきゅっと捕まれる。

そんな魔術師へ、何も言わず黒鋼は口付けた。





一方、その頃。
小狼とモコナはと言えば。

ふんわりとした白いわたがしを、頬張っていた。

きょろきょろと辺りを見渡す。

「わたあめ、おいしいねぇ」

「そうだな」

「ね、もうちょっとみて回ろっか」

なんて気の利かせた会話をしていたのだった。



君へのラブレター



Thank you for
【君の隣で】相川紅理様