その国には特別な機械で削った氷を椀にこんもりと盛り、甘い液体をかけて食べる習慣があった。
ひどく暑い世界でのことだった。たしかにこの暑さならひと抱えある氷でも丸かじりして
しまいたくなる。
姫はいちご味だという赤い液体を、小僧はなんとかハワイとかいう味の見当がさっぱりつかない青い液体を、白饅頭に至ってはさくさくと白い氷の山に白い液体をかけるものだからただの氷にしか見えない。少年たちは互いの味付き氷をひと口ずつ交換しあってはひっそりと頬を染めていた。この世界には夏しかないと聞いたが、彼らの頭は春だと思った。
「どれにしようかなー」
もうひとり頭が春な旅の連れが屋台のお品書きを見ながら氷にかける液体の味に悩んでいる。どれでもいいが早く決めて欲しい。
「どれだって変わんねえだろ」
どれを選ぼうと目に痛い色合いの液体は例外なく甘ったるいのだろう。げんなりと言えば魔術師は笑った。
「オレにとっては、そうだねー」
妙な言い草だった。この旅で料理はもっぱら魔術師の役目でその手はあらゆる料理をいともたやすく作ってしまうものだから、その舌はさぞかし肥えているだろうに。
「知ってる?このシロップね、ちがうのは色と香りだけで、味は同じなんだよ」
「なんだそりゃ」
「だからね、黒ぽんがこれがいちご味だって言うのなら、」
そういってその髪よりどきつい黄色を指さす。
「きっといちごの味がするんだ」
黄色い液体の入った瓶には読めない文字の下に漢字によく似た文字で「檸檬」と書かれていた。
「檸檬じゃねえか」
「きみがそういうならきっとそう。」魔術師は黄色い液体をかけてもらった氷の山を受け取った。「オレの現実なんてそんなもの」
眉を顰めて口を開きかけたところで屋台の親父が言う。
「兄ちゃん、甘いもんはきらいか」
「…そうだな」
「じゃあこれにするといい」
買うつもりなどなかったのに商売上手な親父だと思ったが、やはりこの暑さは堪えるので大人しくふたり分の代金を払った。
魔術師は一足先に食べ始めていた。
「何味だ」
「きっと、檸檬」
どこまでもふざけた答えしか返ってこないが、暑さのせいで怒鳴る気にもならない。
「自分の舌を使えよ」
「実をいうと味がよくわからないんだ」
「じゃあ嗅げ。それともあれか、てめえは鼻もいかれてんのか」
自分の氷を咀嚼しながら言えばなにがおもしろいのか魔術師は声を上げて笑った。それからなにか重大なことを告げるように真面目くさった顔をして、
「残念だけど、オレの嗅覚はずっと昔に麻痺をしました」
「は?」
「視覚は、あんまりあてにしてないかなあ。悲しいことに現実には嘘偽りが多すぎるのです」
「じゃあなんだ、俺のこれもおまえのと同じ味か」
「たぶんちがうよ、だってわんこは鼻がいいもの」
味というものがわからないという。
匂いがわからないのだという。
目に見えるものが信じられないのだという。
それはきっとこの魔術師が死に場所を探すように生きているせいだと思った。
「食べてみる?」
魔術師はにこにこしながら匙を付きつけてきた。大人しく口に含み、思いのほか酸味の強いその味に(やっぱり檸檬じゃねえか)と思ったところで役目を終えた匙が口から出されて再び魔術師の持つ氷の山に刺さり…。
我に返った。
はっとして周りを見ると小僧と姫がにこにことこちらを見ている。その脇で白饅頭が「黒鋼とファイ、なかよしー!」とけらけら笑って、ちがう、これはつい、と男らしくもない
言い訳が頭の中で浮かんでは消える。これはきっと餌づけというものにちがいないのだきっとそうだ、魔術師の作る料理をいつも食べていたから。恐ろしいことに旅の連れの頭に蔓延している春は伝染性だったらしい、知らずに侵されている頭に焦りとこの上ない気恥ずかしさを感じ、そのどれもこれもがこのへらへらした魔術師のせいだと今度こそ怒鳴りつけようとして、
「…っ?!」
口の中の冷たさがきいんとこめかみを刺したので声にならない悲鳴を上げた。
ずきずきと痛む頭を抱えていると、先ほどと同じ調子で白饅頭が言う。
「冷たいものを急に食べると頭がきーん!ってしちゃうから、気をつけてね!」
明らかに手遅れな忠告にも目の前で笑い転げる魔術師にも言ってやりたい文句は山ほどあったが、いかんせん声が出せない。椀一杯の氷に負けるとは情けないにもほどがある、忍者失格だと二重の意味で頭を抱えた。
あははと笑う口許から僅かに見えた魔術師の舌が死人のそれのように乾いてみえたのは檸檬味の黄色い液体のせいなのだろうと思った。






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【*ch】月様